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焦げついた匂いがツンと鼻につく気がした。

ここには火元なんて見当たらないしクラスメイトの中に火を吹く子なんてもっといない。

だからこれはウチの気のせいなのだ、

大いなる不安とたった今さっき起こした失敗の思い出からくる大いなる気のせい。

目の前の真っ白い原稿用紙がじりじり発火しているなら話は別だけど、

どれだけ目をパチクリ凝らしてもそんな様子は見当たらなかった。

 

ウチら二人はホットケーキを焼こうとしてました。

そこまで書いたはいいものの、手が止まって続きがシャープペンシルから続かない。

ぱふぃちゃんに強引に誘われて、いちごと蜂蜜をのっけて食べようねってお喋りしてたんだけど…

食べ損ねてしまったものだから、今すっごくお腹空いてるの。

だからかな?お腹空いてて集中できてない?

ぱふぃちゃんのおかげで最近いちごばっかり食べてる気がする。

だってフルーツは太りそうな感じしないんだもん。

食べすぎていちごのスライムが生まれてしまったらどうしよう、

ぱふぃちゃんは可愛いって言うだろうけど。

相槌をうつようにぐう、と胃がお返事をしてくれた。

ああ、それともう1人喜ぶかもしれない相手がいる。

 

「アハハ、うみってばいっつも腹ペコってんのな!

鳴った音だいたいうみからするもん。

隠れんぼしたら看破秒そー。雑魚!雑魚スライム」

 

噂をすれば、乱暴な王様ドラゴンが外の窓から寄りかかってウチを見ていた。

慌てて反省文に向き直ったけれど、ああ、絶対笑われる!

 

「もうこの歳になって隠れんぼしないよう…

一年生二人とかならなんかしてそうだけど、

ウチどんくさいから休み時間使わないと給食食べおわんなかったし…

した事だって、無いもん」

 

恋くんは軽々窓枠を乗り越えて、どかんとウチの横の席に座った。

そこはとわりちゃんの場所だから、机のサイズがあってなくってちぐはぐだ。

でもなんの用事なんだろう、昼休みなんて至福の自由時間に。

 

「ハ。知るかよすれば。俺様はしねーけど。

輝いてて1番オーラあっから秒どころかコンマで見つかっちまうンだよなーァ、

ゲームが成り立たなくってだからいっつも鬼側やんの。全員蹴散すからマジで。

でうみは何してんの?家庭科室焼いたってきーたけど、まさか反省文?」

 

話が早い様で。

そう、ウチらはもう四年生にもなるのに不注意でホットケーキミックスをぶちこぼし

コンロをめためたにしてしまったので、学園長から反省文の提出を求められたのだ。

原稿用紙2枚分、放課後までに…。

弁償とか言われないだけラッキーなのかも。

学園長が怒ってる様子はなかったけど、

設備を壊してお咎めなしは他の生徒にも面目がたたないから…って言っていたっけ。

ぱふぃちゃんは早々に2枚を埋めて家庭科室の煤をお掃除へ行ってくれたらしい。

…その実ギャル文字を分解して書いてたおかげで文字数をかなり稼いでいたけど、さすがに真似できない。

 

「だはは、ギャグかよ!ウケ狙い?そんなテンプレドジあんだ現実に。で腹減ってんだ!

ど〜すんの?あと15分で授業始まっけど。食いっぱぐれ?かわいそ〜」

「うぐ…言わないで、余計にお腹空いてきちゃうから。

でもコレ書かずに購買行くのもなんか申し訳ないし…」

 

そう、腹ペコなの。朝はダイエットで抜いちゃったから今日はつまみ食いのいちご1個しか食べてない。

学園長にご迷惑をおかけして申し訳ない気持ちはあれど、

空腹が思考の7割を占めていて文章がなかなかまとまらない。

 

そしたら俯いて真っ白な目の前に、突然クリームパンダが飛び出した。

その名の通りクリームパンにパンダのサクサク生地が乗ってるやつ。

恋くんはそれを机の上にぽとりって置いたら、

キリンさんソーセージパンとしまうまクッキーアンドクリームドーナツを懐から取り出した。

どれも購買で売ってる人気商品だ。

 

「ま、うみが腹減ってても俺様はポカやってね〜から気兼ねなく飯食うけどナ。

時間もやべ〜しィ?はいあと13分〜。」

 

封を開ければ焼き立てパンの香ばしい匂いがふんわり漂って、恋くんは心底嬉しそうにパンを頬張っていく。

ああー!なんて飯テロ!!悔しかったらとっとと反省文終わらせろってことなの!?

うう、でも昼休みに自分の教室でご飯食べるな!なんてめちゃくちゃ言いがかりなわけで、

そして恋くんにそんな強気な言葉を言えるわけもなくて、

たまたま今日は誰も教室でご飯食べてなくって黙々と作業できる環境があったにも関わらず

まだ書けてないのはウチのせいで。

でもやっぱちょっと恨めしい。アムちゃんじゃないけど恨めしい。いじわる〜…。

 

「ア〜〜…ウァ…オエ〜!」

 

もぐもぐ美味しそうに食べてた彼、

でも急に興味をなくしたみたいに顔を顰めた。

 

「ヤバいこれクソまじぃ。泥みてーな味する。うみ食って」

 

一口分、ウチ換算なら三口分くらいだけど、が欠けたキリンさんソーセージパンが差し出された。

そんな訳ない、だってウチこれお弁当忘れた日とか作れなかった日に食べてるもん。

パッケージのキリンさんがかわいいから。

はやく、と急かされるものだから言われるがままにかぶりつくけど、

特段味が変…とかはない、いつも通り美味しい。

ぷりぷりの肉汁が沁みて、でも外側はカリカリのバケットと、

ちょびっと香辛料?スパイスみたいないい匂いするソーセージが相性悪いわけがないのだ。

むっちゃ美味しい。強いて言うならちょびっと辛いくらいで、まずいなんて全然思わないけどな。

恋くんは舌が肥えててもっと良いもの知ってるとかなんだろうか。

 

「おいしー…よ?端っこだったからお肉届かなかったのかな」

「ア〜?俺様もうコレいらね。

お前食ったし、キリンって俺様より背デカくなりそうできめーからいらね。

こっち食べよ、しまうま!しまうまは俺様よか200パー雑魚なので!」

 

そう言ってまだ8割残ってるパンを強引に押し付けられた。

 

想像がちらってよぎる。

もし万が一億が一、ううん多分無いんだけど…

もし恋くんが、いつもウチが食べているパンを覚えてたりしたらどうしよう。

美味しいパンを分けてくれたんだったらどうしよう…。

だっていつも彼は匂いのキツい宅配ピザとか山みたいなハンバーガーを10cmくらいにプレスしたやつとか

中華料理の詰め込まれたボックスみたいなお弁当を食べている。🥡←こういうやつ。

不思議だ。気まぐれ?気まぐれドラゴンだ。

 

「ありがとう恋くん、もらうね」

 

パンを片手に反省文に向き直ったら、ちょびっとだけ落ち着いて作業の手が進んだ。

えへへ、恋くんが隣に居て落ち着くなんて珍しい。いつもは怖くってビクビクするときばっかだから。

 

「ア〜〜…?クソマズ泥ごみボケパン笑顔で食うとかきも。きも!

でも天上天下唯我独尊俺様からもらっといて吐いたり捨てられる立場にねーもんなあ、うみは。

やな顔しながら食えばいんだよ、ほらあと8ぷんー!」

 

…やっぱりちょっと怖いかも。

でもいつもよりご飯が美味しい気がするの、不思議。

ウチなんかのことお構い無しにずかずか踏み込んで、多分バカにして遊びたいだけなんだろうけど…

結果一緒に話してご飯食べてくれる。

わかってる、恋くんがウチみたいなモンスターにやられる訳ないから怖がることなんて200ぱーないのだ。

怖がるどころか完全下に見られてるけど…。

 

キミの隣が、ちょびっと嬉しいんだ、なんて言ったらオエー!ってされるかな?されるだろうな。

ウチの都合に巻き込んで無理言って、困らせたらダメだもん。

だから今、昼休みの残りだけ。

残りだけ一緒にご飯が食べたいな。

 

口に出す勇気がなくって心の中でお願いした。

神様仏様学園長様、あとなんか神様っぽい人全員どうかお願いします。

今だけ、ウチに幸せなお昼休みをください。

恋くんの瞳を見つめながらの祈りはなんかすごい効きそうで、

視線に気づいた彼はウチの顔を見て吹き出した。

 

「アハ、アホづら!」

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